
「南海トラフ地震臨時情報」をご存じでしょうか。2024年8月に初めて運用され、日本中が「結局、何をすればいいのか」で戸惑った、あの情報です。国は2025年(令和7年)8月にガイドラインを改訂し、「情報が出てから考える」のではなく「平時に対応を決めておく」ことを明確に求めるようになりました。本記事では、臨時情報が出たときに施設と自治体は何を求められるのか、そして「逃げる」以外の備えをどう平時に整えておくかを整理します。
結論サマリー
臨時情報は「地震の予知」ではなく、「普段より発生の可能性が高まった」ことを知らせる情報です。国の基本的な考え方は「日常の活動・事業をできる限り続けながら、備えを再確認する」ことで、過剰に止めることは推奨されていません。求められているのは、情報が出た後の行動を平時に決めて文書にしておくこと。特に、避難が難しい人を預かる施設では、「逃げる」計画だけでなく「留まれる備え」を持っているかどうかが、対応の分かれ目になります。
臨時情報とは ─ 「予知」ではない
南海トラフ地震臨時情報は、南海トラフ沿いで大きな地震や異常な現象が観測されたときに、気象庁が発表する情報です。後発地震への注意を促す「巨大地震注意」、より切迫度の高い「巨大地震警戒」といった区分があります。
重要なのは、これは「何日以内に地震が来る」という予知ではないことです。2024年8月には、日向灘で起きた地震をきっかけに、初めての「巨大地震注意」が発表されました。この初運用では臨時情報の位置づけが十分に伝わらず、イベントの中止判断や物資の買いだめなど、対応のばらつきが各地で起きました。

施設と自治体は何を求められるか
内閣府の「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」(令和7年8月改訂)は、初運用の経験を踏まえて事業者向けの内容を「事業者編」として独立させました。方向性ははっきりしています。
続けることが基本 ── 「巨大地震注意」では、地震への備えを再確認しながら、日常の活動・事業をできる限り継続することが基本とされています。「臨時情報=すべて止めて避難」ではありません。
区分ごとに対応を決めておく ── 「注意」と「警戒」では求められる対応の重さが違います。利用者・従業員の安全確保、施設の点検、事前避難の要否を、区分ごとに平時に整理しておくことが求められています。
警戒時の事前避難 ── 「巨大地震警戒」では、地域によっては高齢者など避難に時間のかかる方の事前避難が呼びかけられます。自分の施設・自治体がどの地域区分に当たるかは、平時にしか確認できません。
自治体の実務も「事前に決めておく」が軸
自治体側も同じ構造です。臨時情報が出たときの住民への呼びかけの文面、避難所を開けるかどうかの判断基準、管内の要配慮者施設への情報伝達の手順は、出てから作るのでは間に合いません。ガイドラインが区分ごとの対応を示しているのは、まさに「事前に決めておける」ようにするためです。管内のどの地域が事前避難の対象になりうるか、要配慮者施設がどこに何カ所あるか——この把握も平時の仕事です。
「逃げる」だけでは回らない ─ 要配慮者施設のリアル
ここで現実的な問いが生まれます。臨時情報への対応が1週間続いたとき、高齢者施設や障害者福祉施設は、利用者全員をどこかへ移し続けられるでしょうか。
移送の負担、受け入れ先の確保、環境の変化による心身への影響。「全員でどこかへ逃げる」を1週間続けるのは、多くの施設にとって現実的ではありません。しかもその間、通常の介護・保育は続いており、人手が増えるわけでもありません。だからこそガイドラインも事前避難を一律には求めず、地域と施設の条件に応じた判断を平時に決めておく構造になっています。
「留まれる備え」という選択肢
逃げる計画と並べて持っておきたいのが、「今いる場所で安全に留まる」ための備えです。
建物の耐震性の確認。倒壊や火災に対する安全な空間の確保。電気・水道が止まっても数日過ごせる備蓄。その延長線上に、建物が損傷しても利用者を守れる待機空間──シェルターを含む物理的な備え──という選択肢があります。
なお、留まる判断は建物の安全が前提です。耐震性に不安のある建物で無理に留まることは推奨されません。だからこそ、建物とは独立して安全を確保できる待機空間に意味があります。
「留まれる備え」のある施設は、臨時情報が出るたびに「全員避難か、様子見か」の二択で消耗しなくて済みます。この考え方は、関連記事「要配慮者のいる施設をどう守るか」で詳しく扱っています。
もう一つの誤解にも触れておきます。「臨時情報が出なければ安全」ではありません。臨時情報は南海トラフの想定震源域の現象に紐づく仕組みで、直下型地震のように予兆なく起きる地震には出ません。臨時情報は備えを点検する機会であって、安全宣言の裏返しではない——この理解も、平時に共有しておきたいところです。
平時に決めておく4つのこと
①自分の施設・自治体の地域区分と、事前避難の対象になるかを確認する。②「注意」「警戒」それぞれで、誰が・何を・どの順でやるかを1枚の文書にまとめる。③留まる場合の空間・備蓄・連絡体制を点検する。④決めた内容を職員(と利用者のご家族)に共有し、年に一度は見直す。
臨時情報は、いつかまた必ず出ます。出てから考えるか、決めてあるか。その差が、そのまま利用者と職員の安全の差になります。
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出典
内閣府「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」令和7年8月改訂(https://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/honbun_guideline2.pdf)
気象庁 ── 南海トラフ地震臨時情報の解説
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